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ドラえもん ドラえもん
ハドソン
1986.12.12発売
©COPYRIGHT 1986 HUDSON SOFT. ©FUJIKO.SHOGAKUKAN.TV ASAHI

絶叫する私に、父「お前、大丈夫かっ!?」

 小学生の頃『ドラえもん』で遊んでいた時に、海底編でドラミちゃんを出現させる裏技を使うべく、何度も2コンのマイクに「あーーーーーー!!」と絶叫していた。

 すると、父がもの凄い血相ですっ飛んで来て、「お前、大丈夫かっ!?」と叫ばれた。どうやら、私が気を違えて叫んでいたんじゃないかと心配に思ってすっ飛んで来たらしい。

 そういうことがあってから、その裏技を封印していたのだが、最近になってマイクに息を吹きかけるだけでもその裏技が発動することを知り、なんとも複雑な気分である。

寄稿:はっきー 女 1980年生 千葉育ち グラフィックデザイナー


極めていたことが思いがけず否定され・・・

 『ドラえもん』。僕が小学生で、まだまだファミコンが熱かった時代に家にあったファミコンソフトだ。

 あの頃は純粋にがむしゃらにプレーしていたので、「ドラえもん、何で最初道具一個も持ってねえんだよ!」とか、「ストーリー、映画見てないし全然わかんねえよ!!」とか、「タイムマシンの場面、気持ち悪くなるよ!!」といったことは全然気にならなかった。

 そんなドラえもんのことを、大人になって遠い記憶の彼方に置き忘れていた頃、大学の友人との間でひょんなことからファミコンの話題で大盛り上がりになった。そして、友人の家でファミコン大会が開かれることになった。僕はもちろん『ドラえもん』を持っていった。なぜなら、友人も『ドラえもん』を昔プレーしたことがあって、ちゃんとクリアしたことがないと言っていたからだ。

 僕は友人の前で『ドラえもん』をらくらくとプレーした。忘れていたと思っていたボーナスポイントの場所や、隠しアイテムの場所も、プレーしていくうちに完璧に思い出した。友人がプレーしているときもどこでドラ焼きを稼げばいいかなども細かにアドバイスした。

 そして、感動のエンディングを迎えた時、友人は言った「そこまで極めているとある意味気持ち悪いな。」短すぎるエンディングが僕の虚しさを増大させた。

寄稿:どらマニア 男 1982年生 兵庫育ち 大学生

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