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魔界村 魔界村
カプコン
1986.6.13発売
©1986 CAPCOM

「スタソル」には目もくれず

 1年年上のSさんから、雑誌に載っていたアーケード版の『魔界村』の写真を見せてもらって、「なんて魅力的なグラフィックなんだ!」と思っていました。だから、ファミコン版での発売予定を知ると、いてもたってもいられませんでした。

 たしか、『スターソルジャー』と同じ頃発売されたと記憶しています。自分のまわりでは『スターソルジャー』が話題になっていて、夏のキャラバンで青森市に行って3等賞を取ったという子までいました。でも自分は『魔界村』が1番好きだったし、『魔界村』さえ遊んでいれば、上手くプレーできていれば良かったんだ、という感じで、「スタソル」にはそんなに夢中になっていませんでした。

 裏技でレッドアリーマー消しや面セレクトなど、奥が深かったと思っています。

寄稿:sato 男 1974年生 青森育ち 無職


ゲーセン版の腕前がまったく生きず

 小5か小6の時、ゲーセンで衝撃的出会いを果たし、通いつめ、ゲーセン版独自の連射を駆使し、ワンコインで6周できるまでにのぼりつめたこのゲームが、ついにファミコンで登場。

 それだけで買いだと思った私は、『イー・アル・カンフー』での苦い思い出もすっかり忘れ、予約をし、何度かの延期を経てようやく購入。連射用にと、アスキースティックまで購入し、準備万端だった私をまたも奈落の底へと突き落としてくれました。

「連射できないじゃん。」

 地元ゲーセンでは「魔界村マスター」と誉れ高かった私も、ファミコン版では自力では1周もできず、裏技の面セレクトを使ってラスボスを倒したのでありました……。

寄稿:Thol 男 1974年生 埼玉育ち


いつまでも『魔界村』、これからも『魔界村』

 アーケードで衝撃的な出会いをした『魔界村』がファミコンで出る!と知った時、もういてもたってもいられないという気持ちになった。初めて予約という形で購入して、入手した時のウレシサというのは今でも忘れられません。

 内容的にはやはりそれはファミコンということで多少違っていたけど、それはそれで、当時はかなり興奮して遊びましたよ。それからいろんなファミコンソフトを購入しましたが、意識しているわけではないんですが、なぜかカプコンのソフトばっかりで、あ〜俺ってカプコンのゲームが好きなんだなと感じ、以来カプコンにどっぷりとはまってしまいました。

 時は流れ2004年、ファミコンミニという形でまたあの魔界村が帰って来ました。もちろん購入してしまいましたが。いつまでも『魔界村』、これからも『魔界村』。自分の人生で『魔界村』は欠かせない存在になってしまいました。

寄稿:カプマニ 埼玉育ち 会社員


ストイックなアクション

 なぜか、「鎧の下は裸にパンツ一丁」というデンジャラスな格好でお姫様とデートしていた主人公、アーサー君。デート中に姫を悪魔にさらわれ、奪い返しに行くという冒険活劇だ。これだけ聞くと、なんとなくスーパーマリオな感じなのだが、本作にはそのような軽快さは全くない、極めてストイックなアクションなのである。

 このゲームの特徴は、とにかく難しいこと。着ている鎧も一度だけしか敵の攻撃を防げない。魔法でカエルに姿を変えられ、間違えてタイマツを取ってしまい弱体化。挙げ句の果てにレッドアリーマーと目が合ってしまう、という不幸のオンパレードのようなゲームである。パンツ一丁にタイマツという素敵な装備で氷の面を進む姿には同情さえしてしまう。

 事実、自慢ではないが私はこのゲームをクリアしたことはない。なぜかって? そりゃ一周目をクリアしたときにアイテムが足りず、もう一度1面に取りに戻るという二度手間に嫌気がさしたからである。『魔界村』、アンタ本当に悪魔のようなゲームだったよ・・・。

寄稿:Peco 男 1979年生 兵庫育ち デザイナー


その不気味さにふるえが止まらなかった当時

 スパマリ2の書き換えとついでに学校で話題になっていたゲームを購入!!(ゲーム屋で)

 タイトル的には恐ろしい感じがして、「これは、夜真っ暗でやると迫力ありそうだ!」と思っていたが、この考えが誤算だったとは。夜8時、親が出かけていったすきに真っ先に部屋を真っ暗にしてプレー!! しかし、怖い体験をしたことが滅多にない私は、タイトルだけでぶるっとなぜかふるえる。

 始めるといきなり事が始まりそうな予感のBGM、いきなり出てきて急にお姫様を食べちゃうぞー。とばかりにさらう魔物がいて、私は「ゲー!」と思い驚いた。

 最初の舞台が墓場!! 鬼太郎とは違うほどの不気味さにふるえが止まらなかった。BGMや敵キャラもお構いなしに私を怖がらせる!!

 ゲームの方もなかなか進めず、主人公の骨をみて「うわっ!!」とした感じ。ゲームオーバーになっても手がやめさせようとはしてくれない。私は思わず泣いてしまった!!(思いっきりね。)

 それからもうこのゲームにはこりごりだと封印し、1ヶ月の間、ゲーム売り場に顔を見せなかった。

寄稿:近藤 たつや 男 1973年生 千葉育ち 小学校教師


友だちのプレーを見ながら学習

 人間何でも「向き、不向き」があるものです。ゲームのジャンルにしてもそれは同様。シューティング系が得意だったりアクション系が苦手だったり。当時の僕は今でも信じられないくらいアクションゲームが苦手だった。敵が出てきただけで慌ててしまい、コントローラの操作がおぼつかなくなるのだ。それでは当然マトモにプレーできるはずがナイ・・・。

 『魔界村』はいつも一緒にいた友だちとよくプレーしたが、友だちはアクションゲーム大好きで、一度始めるといつまでも終わらない。しかもアイテムの場所とかをすべて把握していた。いつも先にゲームオーバーになる僕は、友だちのプレーをあの不気味なBGMを聞きながら見ているのが常だった。

 ま、そうして見ていたお陰でアイテムや敵の出現条件も覚えたし、敵を倒すためのコツを人に教えたりできた。僕はプレーヤーより監督やコーチが向いていたんだろうか?

 余談だが、ヨロイを脱いだ主人公って貧弱なカラダしてんだなと、子供ながらに思っていたのは僕だけではあるまい。

寄稿:ライデン 男 1974年生 大阪育ち 企画戦略部署兼任営業担当


答案用紙の裏にみんな魔界村の絵を描いていた

 アーケード版で大人気だった『魔界村』が、いよいよファミコン版で登場することになり、僕達は学校で毎日その話題で持ちきりでした。

 特に学校の定期テスト中、先生が、「早く答案が書けて時間が余った者は、裏の余白に絵でも描いて時間を潰していなさい」というので、みんな魔界村のオープニングタイトルの絵を描いていた。

 すると、試験官だった先生が、「魔界村ってのはそんなに面白いんか?」と言っていた。実際殆どの友達が魔界村の絵を描いていた。僕達は毎日が魔界村で頭がいっぱいでした。

寄稿:たかゆき 男 1974年生 群馬育ち 会社員

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